
五聖閣 外観
創業時の五聖閣
五聖閣は命名や姓名判断などを中心に活動する総合運命鑑定所です。
熊﨑式姓名学を創始した熊﨑健翁によって、昭和三年に設立されました。
以来80年以上にわたり、名前の専門家として、名前を通して人々と社会の幸福を見つめ続けて参りました。新しく生を受けたお子様の命名、吉名への改名をはじめ、社名・芸名など、あらゆる名前の名付け・鑑定に関するご依頼を引き受けております。
一家四代にわたって命名をご依頼される方もいらっしゃるなど、現在に至るまで数多くの方々の厚い信頼を頂いています。

五聖閣の創設者である熊﨑健翁は、運命学の大家として名を馳せました。
もともとは新聞記者として活躍していましたが、あるとき東洋占術の基である易を学び始めたのをきっかけに、運命学に深く傾倒していきました。
明治14年、岐阜県恵那郡(現、恵那市)に生まれました。
教員職を経て、中京新聞、三重成功新聞社、伊勢新聞社、原敬社長(後の内閣総理大臣)の大阪新報、時事新報などで記者として活躍しました。明治36年には速記術「熊崎式速記」の発表しました。後に中国でも速記術を発表し、日本・中国両政府より感謝状をいただいています。
その後、運命学の研究を重ね、昭和3年に総合運命鑑定所「五聖閣」を設立。 昭和4年、「主婦の友」に熊崎式姓名学を発表し、大ベストセラーになりました。
これまで100冊以上の運命学関係の書籍を出版し、現在の日本の運命学の基礎を築きました。なかでも「姓名の神秘」は昭和4年発行以来版を重ね、現在でも姓名学のバイブルとして発行されており多くの人に愛読されています。
熊﨑健翁は人の運命を左右するものとしての「名前」に着目しました。長年の研究と検証の末に、易の思想をベースにした「熊﨑式姓名学」を完成させました。
健翁が熊﨑式姓名学を考案する以前にも、姓名の吉凶を鑑定する方法は知られていましたが、系統立った理論として確立されたものとしては極めて画期的なものでした。以来、熊﨑式姓名学は急速に日本全国に普及し、現代の日本の姓名判断の基礎となりました。
今日では、姓名判断の手法として様々な流派が出回っているようですが、いずれも熊﨑式姓名学独自の手法を踏襲しているようです。その意味で、熊﨑式姓名学は今日の日本姓名学の源流といっても過言ではないでしょう。
たとえば、熊﨑式姓名学の大きな特徴の一つに「五格剖象法(ごかくぼうしょうほう)」と呼ばれるものがあります。これは、姓名を五つの部分(五格)に分解して、各々の性質や五格相互の関係性を考慮しつつ鑑定を行う手法です。現在では一般的な方法となっていますが、熊﨑健翁が初めて考案・確立したもので、五聖閣の登録商標となっています。